保守的なメキシコのシナロア州に生まれたミッキーは、幼い頃から四方八方から向けられるホモフォビアと偏見に直面してきた。監督はかつてミッキーと同じカトリック学校に通い、自分らしくあることを恐れず、権威に挑むその勇気を目の当たりにした。成長した二人は再会してルームメイトとなり、10年にわたる撮影の旅を始めた。
本作は、ビデオ通話、携帯電話の映像、監視カメラ映像、マルチメディア・アニメーション、マルチウィンドウ映像を用い、故障や破損、信号の乱れを意図的に残すことで、断片化し、反復し、順序が入り乱れる記憶の状態に映像の質感を近づけている。記録と再演が並行し、ユーモアと抵抗が共存する中、映像は常に移ろう境界を行き来し、開かれた未確定の状態を保つ。形式上の実験と内容との究極の融合によって、「トランス映画」の映像的可能性を示している。映像は友人がジェンダー移行を経験する過程を記録するだけでなく、ミッキーが歩んできた道のりにある優しさと怒りも担っている。ミッキーの過去を改めてつなぎ合わせることで、映像の記憶を、トラウマを理解し、それと向き合い、未来へ進むための方法へと変えている。