題名の『しらぬひ』(不知火)は、九州の八代海で夏の夜の水平線に忽然と現れては消える正体不明の光、文字どおり「知らぬ火」である。映画はこの光に、たった一つだけ願いをかなえるという伝説を重ねる。1996年夏、熊本の海辺の町。アルコール依存症の父と二人きりで暮らす10歳の少年ミナトにとって、唯一の逃げ場は弁天島で会う少女の姿をした神「ベンちゃん」だけだ。保護施設へ送られる日が近づくと、少年は海上の光に願いをかけるが、父への憎しみが募るほど、その祈りは抜け出せない呪いへと変わっていく。愛されたいという思いがかえって人を引き裂く残酷さから、喪失の果てでようやく見いだせる赦しと省察の時間まで、36分の短編に込められた感情の落差は、並の長編映画よりも深い。独学で自主制作アニメーションを作っていた無名の監督を、新海誠監督のコミックス・ウェーブ・フィルムが抜擢し、劇場用オリジナル作品の製作を支援した。片野坂亮監督はそれに応えるかのように、ラフ原画325カットのうち3分の2を自らの手で描いた。水平線の光と同じように、短く明滅するものほど長く残るものだ。